裏日記。
はてなでは書けない愚痴とか裏話。表より表現が痛い可能性大です。

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5月26日

こちらでないと書けないのは、臆病物の証拠。

エンドレスコミュニケーション、色々感じた事。
先ずはこの物語を完結したパンさんのガッツに拍手ー。
キャラクターについて。
僕には刹那がどうしても受け入れられなかった、というのがあったりしました。
熱いくせにやたら冷静だったり、カッコいいとか言われている割にお茶目な所があったり。
もう少し性格に統一性を持たせて欲しかったと思います。
正直、こういう人が近くに居ると喧嘩も出来ないし、第一近寄りがたいって思ってしまったのは僕だけかな。
ピンチな状況で窮地を脱するというのは良いのですが、刹那の頭の回転が早すぎるせいか天性のカンかは判りませんが、
彼の行動によって簡単にピンチを抜け出すことが出来るというのが多々ありました。
おいしい所を持っていくのは主人公だから、という事もあるのでしょう。
ちょっと展開がガラリと変わっちゃったなーというのは、その刹那の行動に有るのだろうと思います。
他のキャラクターにはそういうのがない分、気になったかな、と。
ゼメディウス。彼の思考も付いていけないと思ったときもありました。
クロックオブデスサイズを結局はカス扱いしている思考に、無性に腹が立ちました。
他の奴らもよくこういうのに付いて行ったよなーとか。特にヒィト(笑
最後のは傲慢からなのか余裕が見られましたが、あれは裏では「本当は俺を倒してくれ」という期待を孕ませたもののように、
見えてしまうときもあるような気がします。
後のキャラクターは、自分の役割を果たしている感じがしていたので、そんなには気にはなりませんでした。
そんな僕が好きなのはメアさんさ。

シナリオについて。
サブタイトルを最終話のタイトルにしている所からして、しっかりと練ってから作っていると思いました。
途中話はパンさん自身苦労して叩き出したものだと、僕なんかは思います。
(話の内容が)どうしてもプロウザードとかガイアの意思とかに左右されてしまうのは仕方の無い所ですが、
それが原因で6話〜7話辺りの隔たりがかなり大きなものがあったかなと思います。
最終話辺りは、多分僕マリやってないと判らない所が多々あっただろうと思いましたけれども、
途中でガイラルのサイドストーリーを入れたのは正解だったと思いますよ。
それでも最後まで突っ切ることが出来たのは素晴らしい事だと思います。

戦闘について。
これに関しては何も言えません。というか最終戦闘成果Cの自分に、何か言えるとお思いかっ。

その他。
正直、勢いを感じたのは「雑談」だったと感じたのは僕だけかな。
作者さんの素が出てたりするので、僕なんかは凄く面白いと思ったのですが。特に10話の雑談、刹那殺すなよっ。
ユニークなスクリプトを組んでプレイする人を楽しませてくれたというのは、これだけでも素晴らしい事ですよ。
個人的に逸品だと思っているのは、辞典です。あのアルバムのような作りは本当に凄いです。
あ、後。最後の刹那のカットインなんですが、すんごくチンピラっぽく見えてしまいました、すみません。

何はともあれ、エンコミ完結おめでとうございます。
ああっ、ラスペも見習わないとー。

 

……偉そうな事言ったけれども、自分が言える立場ではないんですよね。
ストーリーに関しては自分が作ったものよりもしっかりしているし、刹那のキャラ立てがガタガタだと言っても、
うちのラスペの面々は全てのキャラに渡ってキャラがしっかりしてませんしね。
だからでしょう、和光の作る話に印象に残るキャラクターが少ないっていうのは。
エンコミ以上にキャラクターが記号化しているような気がするなぁ。
もっとキャラクター深めてみようかな、ストーリー動かすのはその後でも構わないと思うし。

という事で、謎指数33kb。更にキャラクターが記号化してきてるような気がー。

 

5月13日

何日か前の日記にも書きましたが、小説はおろか漫画やゲームを受け付けなくなってしまっています。
ネットサーフィンは相変わらずしておりますが、それだけで時間を潰しているという何とも勿体無い時間を過ごしております。
今日は休みでしたが、何やってたのかと聞かれると、何もやってないというのが現状です。
あえて言うならば、あんなところこんなところを覗いてモチベーションを高めようと画策してはいました。
こういうところで絶対に書かれているのが「インプット」。要は他人の書いた文章をどんどん読んでいきましょうってやつ。
理由は色々あるんだろうけれども、やっぱり文章を書くからには日ごろから文章に慣れ親しんでいる必要があるという事でしょうか。
……いや、それが今出来ないから悩んでいるわけで、それすら出来ない自分は文章書いちゃいかんのかな。
最近読んだ本って言われても、全くありませんとしか答えようがないのは、致命傷かな。
別にプロを目指すつもりはありません。でも、どうせならしっかりとしたものを作っていきたいと思うわけで。
でも、ろくすっぽ文章読まないやつがシナリオ作ろうと思っても、
支離滅裂になるか稚拙なものしか出来上がらないと思ってしまうんです。
そういう考えが更に自分に創作意欲を無くしているというのは頭では理解しているんですよ。
完璧と言われるものなんかこの世には存在しないし、自分だって完璧な存在であるはずが無い。
そんな自分が、みんなから賞賛されるシナリオを書けるというのは、まず有り得ない。
だからもうちっと肩の力抜いて書いてみようと思うのですが、批評をされないような文章を書こうとすると肩に力が入ってしまいます。
他人の言が何だ! と批評を吹き飛ばせるほど心が強かったら悩むところでもないのに。
多分アレです。自分のモチベーションを下げるものにはあえて近づかない・関わらない・見ない・読まないようにしている自分の根性が、
創作意欲を妨げる原因になっているのかもしれません。
ツッコミを戴く事は本当は有難い事なのに、凹むのは自分が惰弱な精神の持ち主だからでしょうね。
それでもシナリオ書いていきたいって思う事は、心の底では創作がやってみたいって思っている証拠なんだろうか。

毎度毎度思うけれども、良くもまぁここまで自分を追い詰めるようなことを考えるよなぁと、自分なりに思う次第です。
自分という人間は心の起伏が激しい人間だという事を、つい最近になって感じております。
その起伏の因となっているのは、周囲の環境。それの良し悪しで心が左右されているなと感じています。
他人の言った事を鵜呑みにするタイプなので、環境に左右されるというのはわかります。
ただ、それで自分の精神がすり減らされているって言うのは、随分と損しているような気がしてなりません。

あーくそう、リアルで結構厳しい問題が解決した途端に落ち込みがやってくるっていうのはお約束なのか。
ふっと力が抜けたところに、やる気を起こさせないような働きをするものが現れるのは世の中の条理なのか。


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